実は先日、とある映画関係の掲示板で面白いカキコを見つけました。
要約すると…
映画『テキサス・チェーンソー』は1973年に実際に起きた事件です。
『テキサスチェーンソー』の映画の最後で当時の犯人の映像が見れます。
犯人の姿は映画と現実、全くと言っていい程同じです。
『テキサスチェーンソー』は以前紹介した『悪魔のいけにえ』のリメイク版であり、確かに現実に起きた猟奇殺人事件がモチーフになっていますし、映画の最後でも「この映画は実在の事件をモデルにしているが、登場人物、地名などは架空です」という意味深なメッセージも流される。
しかしここで重要なのは飽くまで「実在の事件をモデル」にするということは、「実在の事件を忠実に映画化する」ということではありません。
ちなみにこの『悪魔のいけにえ』『テキサス・チェーンソー』のモデルになった事件というのは1957年に起きたエドワード・ゲインによって起こされた猟奇殺人事件がモデルになっており、同事件をモデルにした映画は他にも『サイコ』『羊たちの沈黙』などがあります。
さて問題なのはこの『テキサス・チェーンソー』という映画、冒頭とラストで当時の警察が撮影した映像と称し、この事件が未解決事件であり、犯人のレザー・フェイス(トーマス・ブラウン・ヒューイット)を映し出した唯一の映像というのがスクリーンに現れます。
そう、あたかもそれが現実に起きた事件であるかのように。
しかしレザー・フェイスはエド・ゲインをモデルにした創作上の殺人鬼でしかなく、トーマス・ブラウン・ヒューイットなる殺人鬼は現実には存在しません。
つまり私が掲示板で見たカキコは、この映画を観た人物がそれが現実に起きた事件であると誤認したということになります。
恐らく本人はそれが事実を信じ込み、ガセネタを書き込んだという意識はなかったのでしょう。
さてここで私が問題にしたいのは、実在の事件をモデルにしたとしても映画はあくまで創作、虚構でしかないということです。
例えば今年公開された9.11テロを映画化した『ユナイテッド93』などのように解る範囲で忠実にスクリーン上に再現した映画も稀にありますが、その多くは創作であるということを理解して映画を観るべきだと思うのです。
また同じく今年公開されたロシア映画『太陽』なんかは終戦直前から人間宣言までの昭和天皇を描いた映画ですが、ソクーロフ監督は「この映画は綿密な取材を行って制作してはいるが、芸術映画であって必ずしも歴史を忠実になぞった映画ではない」という主旨のコメントをしています。
これは例えば歴史小説になども言えることで、歴史小説は歴史上の出来事をモチーフにして物語を形成してはいるものの、作者の虚構も多分に含まれているということです。
そして勘違いしないでいただきたいのは、小説や映画は歴史や現実を忠実になぞるためのものではないということ。
映画や小説は娯楽であり芸術であって、歴史や社会を学ぶための入り口にはなっても教科書にはならないということを念頭に入れて楽しんでいただきたいと思います。
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